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DATE : 2007/01/12 (Fri)
をイラレを使ってしたのでございますが、つまらないのでアップするのはやめました。
毎日が退屈で仕方が無く、かと言ってこれと言ってする事も無い怠惰な日々を送っております。
嘘です。する事は山のように有るのに何もやる気が起きないだけでございます。
やる気が起きる事と言ったら死ぬ事くらいでございましょうか。けれどもそれももう幾度も失敗してばかりですし、やる瀬の無い限りです。
楽しみも無く、快楽も無く、何も無い。ただそこにいるだけの、死んでいるのと何も変わらない毎日を送っているのにどうしてわたくしはこの世から去る事ができないのでしょうか。できる事ならまだ生きていたいのに死んでしまう人と変わって差し上げたいくらいです。所詮やらなくてはいけない事と言っても自分自身の事で、やらなくても誰も困らない、もしくは誰か代わりがやってくれる事しかございませんし。
もちろんこのブログもそのひとつです。誰が見ているかも知りませんが、誰も見なくても誰ひとりとして困らない、もちろんわたくし自身も困らない。なんとはなしにアクセス解析を付けてはいますが解析結果なんてまったく見てはおりませんし、本当に心底どうでもいいのです。ただ文章を書き捨てて、創作物を載せておくだけの、全くただそれだけのブログでございますから。
そしてそんな事を思っているならさっさと閉鎖したほうがこのレンタルスペースの為にも良いだろうと、そんな事を思ったりもするのですが、このブログのトラフィックなんてたかが知れてますし、少しだけ甘えさせてもらってもいいかしらん、などと手前勝手な事を思って続けている次第。
先日はわたくしが管理するホームページやレンタルスペースの整理をしたのですが、やはりいまいち踏ん切りが付かないものでございますね。わたくしがいなくなった時に少しでも負担がかからないようにと思うのですが、もし生き延びてしまったらと思って残してしまうのです。全くなんとも情けない限りでございます。そこまで思って、準備もできているならさっさとけじめを付けて行ってしまえば良いのにと自分でも思うのですが、これがどうも難しい。やはり何かしら未練があるのでしょうか。
話は変わりましてフセインが絞首刑で死にましたね。
わたくしは当日にインターネット上でムービーを見まして、あぁ、そうかと、こう言う結末なのかと思いました。彼がした事や生きてきた人生についてはわたくしは何も言いません。なにか言うほどの知識も無ければ、縁も無く、その資格もありませんから。
人の最期とはこう言うものなのかと、ただそれを思うだけでございます。そしてわたくしの最期は、と思いを馳せるのみ。
またまた話は変わってmixiは気持ち悪い、という話です。ツールとして活用しているので仕方が無い部分もありますが、書きたい事はなにひとつ書けはしない、繋がりたくない人とも嫌でも繋がってしまう。リアルでの人間関係を凝縮したようなmixiを早くやめたくて仕方が無い。
だったらやめたら、と言う話ですがこれがなかなか、付き合いだったり情報収集だったり広報としての使用(もちろんマルチなどではございません)であったりでなかなかやめられない。それなら別のアカウントを取って、という発想もありますがそれも結局は同じ結末をたどるのが目に見えています。心の底から気持ち悪いのです。どうして一言二言会話した人とマイミクにならなければならないのでしょう。断れば良い。もちろんそうなのですが、立場的にそれができないのです。携帯電話と同じようなもので、一度始めたらやめられない。便利ではあるけれども同時に不快でもある、わたくしにとっては全く面倒なツールなのです。どうせ思い悩んでもエンドレスで繰り返すだけなのでこの辺りでお仕舞に致しますが、愚痴はつきません。mixiのアカウントも何度削除しようかと思ったかわかりません。
そろそろ誰かがわたくしの首に縄をかけて、足元の床がばこんと開かないかな、そんな事を思う今日この頃です。
DATE : 2006/12/08 (Fri)
生きていれば良い事がある。
そんなの嘘さ。
誰かの為に生きる、そんなの無駄だよ。
それはただの偽善だ。
わたくしを殺して生きて、それにいったいなんの意味があるのでございましょうか。
自分の為に生きずに何が人生でしょうか。
自分の為に死なずに何の人生でしょうか。
あなた方はいつも誰かの為に、何かの為に、それを呪文の様に唱えていますが、それがいったいなんの役にたつのでしょうか。
ただの言い訳、ただの見栄、ただの独り善がり。それだけでございましょう。
本当に人が人らしく生きるためには他人を犠牲にしてでも己の信じる道を進むべきなのではありませんか。
どれだけの命を犠牲にしたうえで、ご自分の人生が成り立っているのかおわかりになっているのですか?
あなたの血は、肉は、骨は、多くの命の犠牲の上に成り立っている。そこから目をそむけてご大層なお題目を唱え、まるで聖人君主のように生きるのが美徳なのでしょうか。
わたくしは決してそのようには思いません。むしろ唾棄すべき、恥ずべき生き方だと思うのです。
よく恥ずかしくも無くそのように生きられるものだと、ただただ呆れるばかりでございます。
そのような生き恥をさらすぐらいなら、わたくしは間違い無く自らその人生に終止符を打つでしょう。
美徳も持たないみなさまへ。
DATE : 2006/11/26 (Sun)
内容はわたくしの病気の事についてなのでございますが、人間とはなんと面倒な生き物なのでしょう。わたくしは極めて理性的かつ理論的に話をしていたのにもかかわらず、残念な事に父親は感情で話すのでございます。
話し合いをしたいから、と先方から言ってきたのにもかかわらず、筋の通らない感情論を押し付けられては話し合いになりません。
挙げ句の果てに、わたくしが話し合い、会議は理論理屈でするものだろうと申せば、家庭は株式会社じゃない等とのたまうのです。
溜め息ばかりか。
